永井玲衣「水中の哲学者たち」感想|思考停止がいちばん怖い
「哲学」と聞いて、どんなことをイメージしますか?
「小難しくて、頭のいい人たちが考えてることはさっぱりわからない…。」
「自分には関係ないかな…。」
そういうイメージのある人は多いかもしれませんが、あるひとつのテーマについて、参加者全員での対話をとおして掘り下げていく、「哲学対話」を運営されている、永井玲衣さん著の「水中の哲学者たち」をご紹介します。
「水中の哲学者たち」概要
タイトル | 水中の哲学者たち |
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著者 | 永井玲衣 |
出版社 | 晶文社 |
発売日 | 2021/9/28 |
単行本(ソフトカバー) | 268ページ |
(出典:Amazon公式サイト)
永井さんは1991年、東京都生まれ。
ご自身は哲学を研究されていて、それと並行して、学校や企業、自治体などと協力し、「哲学対話」を行われています。
哲学エッセイの連載なども手がけていらっしゃるようです。
「水中の哲学者たち」どんな本?
「もっと普遍的で、美しくて、圧倒的な何か」それを追いかけ、海の中での潜水のごとく、ひとつのテーマについて皆が深く考える哲学対話。若き哲学研究者にして、哲学対話のファシリテーターによる、哲学のおもしろさ、不思議さ、世界のわからなさを伝える哲学エッセイ。当たり前のものだった世界が当たり前でなくなる瞬間。そこには哲学の場が立ち上がっている! さあ、あなたも哲学の海へダイブ!
引用:晶文社ホームページ
この本は、永井さんが「哲学対話」を行う中でであったできごと、ご自身が考えている日常的な哲学のことについて書かれたエッセイです。
ちなみに、「哲学対話」は、次のように定義されています。
哲学対話とは簡単に言えば、哲学的なテーマについて、ひとと一緒にじっくり考え、聴きあうというものだ。普段当たり前だと思っていることを改めて問い直し、じりじり考えて話してみたり、ひとの考えを聞いてびっくりしたりする。
引用:水中の哲学者たち、p.17
哲学的なテーマとは、たとえば「自由とは何か」「人は死んだらどうなるか」といったものから、「約束は守らなければならないのか」といったような、日常に深く結びついた内容になります。
テーマに沿って自由に自分の考えを話したり、人の意見を聴いたりしますが、この本を読んでみると、永井さんのつくる雰囲気とかゆったりとした世界観に惹かれ、私も哲学対話に参加してみたくなりました。
水中の哲学者とは
水中の哲学者については、本文の中で、次のように示されています。
何かを深く考えることは、しばしば水中に深く潜ることにたとえられる。哲学対話は、ひとと一緒に考えるから、みんなで潜る。
引用:水中の哲学者たち、p.18
「水中の哲学者たち」とはつまり、哲学対話に参加する人々になります。
みんなであるテーマのことを深く考える。
みんなで海の中にいると、ぱーっと光が差し込んでくることもあれば、ずっと暗い静かな海の中でじっと耐え続けることもある。
そういう様子が、「考える」ということを表現した言葉になっています。
誰の考えも否定されない
この哲学対話でいちばん素晴らしいと思うことは、誰の考えも否定されないということだと感じました。
みんなで深く深く掘り下げて考えて、出てきたアイディアはみんな全然違うもの。
それを発言する際、「自分の意見が否定されない」という安全が確保されているからこそ、自由で活発な対話が実現され、その場にいるみんなが深く深くもぐりこんでいけるのだと思いました。
時々、自分が突拍子もないことを言ってしまったとき、ぎょっと驚く顔をされたり、否定的なことを言われた時の経験は誰しもあると思います。
そうすると、アイディアや発想が隠れていってしまって、自分らしさが消えていってしまう。
それは自分自身を失うことでもあるけど、その発想に触れることで、受け手の考えが再構築されることもない。
この本を読んで、改めて、誰の意見も始めから否定するような態度はしないように、と自分と約束しました。
他者の考えに触れて自分の立ち位置がわかる
哲学対話をしているときも、同じような喜びがある。わたしの硬直してしまった信念を誰かがあっけなく壊してしまう。こわくて、危なくて、うれしくて、気持ちがいい。どきどきしながらも、素肌に風が当たるかのような感触がある。わたしは世界に身ひとつで佇まざるを得ない。だが、そんなわたしが、わたしであることを確認することができるものまた、他者の言葉によってなのである。
引用:水中の哲学者たち、p.40
私は、あらゆることに対して、自分の確固たる意見がない、というのが自分のコンプレックスでした。
でも、あるとき、他の人の意見を知って、そのうえで自分がどう感じるか、という方法によって、自分の立ち位置を知ることができる、ということに気づきました。
ひとの考えを聞くことで、自分が変わる。
自分の考えがわかる、変わる。
最初から空っぽだったおかげで、たくさんのものを受け入れて、それによって自分の形作りができていける。
そういう余白や余裕があって、良かったな、と思いました。
私を引き受けるということ
最近、家族や身近な友達の中で不幸なことが続き、「どうしてみんなこうもうまくいかないのだろう…」と感じることがよくありました。
なんで健康に生きてるの、病気になるのが本当に簡単なこと、どうしたらいいの。
自分にもそういうことがいつか起こるんだ、そうならないためにはどうしたらいいんだろう、とあわあわ、おろおろ。
わたしがわたしであること、なぜだかわたしに降りかかっている何かを、目の前に置き、できるだけ生のままで、手触りを確かめることだ。口の中で、飴の形を確かめるみたいに、舌の上で転がしてみることだ。戸惑うべきじゃない、と自分を制限したり、性急に「答え」を急いだりせずに。
引用:水中の哲学者たち、p.79
どんなことがあっても、そのトロッコに乗って、ただただ見つめる。
瞑想みたいな考え方だなぁと思いました。
必要以上に意味を与えず、必要以上に受け流さず。
こんな風に自分を保てるといいなと思います。
「水中の哲学者たち」はどんな人におすすめ?
次のような人にはぜひ読んでみてほしい一冊です。
- 日常のあらゆることについて深く考えたり誰かと共有するのが好きな人
- 哲学することに興味のある人
- 自分の今の世界を少し広げてみたい人
この本を読むことによって、劇的に何かが変わったり、答えが得られたりすることはありませんが、ちょっとだけ、見方を変えてみたいな、考えてみたいな、と思えるようになるかもしれません。
まとめ:思考停止しないように
思考停止って思ってる以上に怖いことかもしれません。
もっと怖いのが、相手の思考を止めてしまうこと。
これ、何気なくやっているから気づかない。
「そういうもんだよ」
「考えすぎるとつらいよ」
この言葉に救われる場面も確かにあるけど、でも無抵抗になっていく自分のほうが怖い。
思考を止めない。
他者の言葉を受け入れる。
それが哲学が教えてくれることなのかなと思いました。